内之浦小学校の校歌

内之浦小学校の校歌は、昭和6年11月に制定されました。

作詞は,本校初代PTA会長であられた田中親人氏です。また,作曲者は古関裕而氏となっています。
古関裕而氏は,NHK朝の連続小説「エール」の主人公のモデルとなっている日本の誇る作曲家です。生涯作曲数は
約5000曲と言われています。

鹿児島県では,本校と県立大口高等学校の校歌を作曲しています。

本校の校歌は,古関氏が作った校歌の中で,現存する校歌として全国で最も古い可能性もあるそうです。

                                  (令和2年NHK調べによる)

本校の校歌は、昭和6年11月の制定から戦前まで,左の写真の歌詞で歌い継がれてきました。歌詞は,5番まで存在していました。

現在の歌詞は、戦後に補作され,3番までに改められました。

 

古関裕而氏が,どのような経緯で本校校歌を作曲するに至っ
たのか,作詞者の田中親人氏の娘であられる橋本雅子さんに詳しいお話を聞かせていただきました。
本校校歌作詞者の田中親人氏の親戚の白濱和夫氏が,旧友で
あった古関裕而氏に作曲を依頼したということです。

田中親人氏の歌詞に古関裕而氏が譜を載せ,「内之浦小学校歌」が完成し,1931 年(昭和6 年)に校歌として制定されました。
1978 年,本校に勤務していた又木勝弘氏が本校校歌に古関裕而氏の名前があったことから,古関裕而氏に確認の手紙を送ります。

古関氏は50 年近く経過していたことから,自分の作品かどうかは不明との手紙を又木氏に送り返します。

そこで,又木氏は,本校校歌の譜面を改めて古関氏に送付し,譜面を見た古関氏は,「自分の作品に間違いない」との手紙を又木氏に送っています。